チャイルド44、レイン・フォール他

小松菜辛子和え

 勤めている会社の社長氏は以前大酒飲みだったそうですが、ワタクシが途中で入社する前に飲み過ぎで身体を壊してからというもの、すっかりお酒は控えて飲みに行っていた時間、何もすることがなく、それまで好きだった読書の時間がそれ以前にも増して増えたそうです。そんな訳で読み終えた本は各方面、読むジャンルによって引き継がれていくようで、ワタクシのところには海外のサスペンスもの、スリラーものを中心に回って来ます。
 『読んだ本』とうことでカテゴリー分けした中で前回はと言いますと、五月からですから、実に久し振りですが記録として残しているので覚書に。

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

 この作家は初めて聞きましたが、それもそのはずデビュー作だから当然です。ロシアが舞台で、それも大陸を東から西までの幅広い地域が取り上げられているし、いわゆるスパイ小説で取り上げるような街角、ホテルといった典型的な場所よりも実生活に根ざした、人々の生活感が感じ取られるような描写が多く、そういう意味では今まで読んだ小説とは一味違います。特権階級(ノーメンクラツーラ)と平民の生活のレベルの違いが非常に印象的で、主人公は親共々謀略に嵌められ生活が一変してしまう、共産主義の体制の怖さと言うものが感じられました。
 話自体もテーマが深刻でかつ猟奇的なもので、最初のスピード感は遅々として読み進めるのはやや時間を要しましたが、後半は一気に読み進められるほど面白い作品でした。
聖なる比率 下 (ランダムハウス講談社文庫 ヒ 1-8)

聖なる比率 下 (ランダムハウス講談社文庫 ヒ 1-8)

 イタリアを舞台に連続殺人犯を追うアメリカの刑事物。一応推理小説だけれど人間描写の方が興味深く楽しめました。イタリアというのはまだ未踏の地でありますけれども、雪のローマという舞台の小説は初めてで新鮮だったかも。アクションに重きを置くわけではないので、ハリウッドで映画化すると仮定すると脚本家の手腕が問われそうですが、上手くいけば味わい深い作品になりそうです。
最高の銀行強盗のための47ヶ条 (創元推理文庫)

最高の銀行強盗のための47ヶ条 (創元推理文庫)

 これは上の『聖なる比率』とは対照的にスピーディーかつ目まぐるしく変わるカットでいかにも映画向きな銀行強盗とそれを追い掛ける警察の話。そこに強盗の娘と警察官の息子が恋に落ちると言うのだから話がややこしくなって来ます。話としては結構ドンパチやって暴れまくる強盗ですけれど、サクッと描写しているので陰鬱とした雰囲気はなくむしろスポーツのようにからっと『仕事』をこなしているように感じられます。
奪回指令 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

奪回指令 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

 
 本の表紙デザインを見ててっきり旅客機の乗っ取り事件ものかと勘違いしてしまったけれど、最初の10何ページを読み進める内に全く違うので、あれ?と思ってしまいました。老練な元工作員が再びその手腕を買われて、もう一度ある任務に就くのですけれど、それが大きな陰謀を隠蔽する工作で・・・という筋書きですが詳しくはもちろん言えませんね。
 それよりも老練な工作員であるから、結構年配のはずなのにコンピューターは使いこなすは、ロッククライミングはするは、激しい銃撃戦を展開するはであまりにスーパーマン的な要素が強く、都合良く展開するくだりはいかにもアメリカ的です。面白いには面白かったけれども。
日本海の海賊を撃滅せよ! (上) (ソフトバンク文庫NV)

日本海の海賊を撃滅せよ! (上) (ソフトバンク文庫NV)

日本海の海賊を撃滅せよ! (下) (ソフトバンク文庫NV)

日本海の海賊を撃滅せよ! (下) (ソフトバンク文庫NV)

 ワタクシ贔屓のクライブ・カッスラーのもう何作品目なのかも判らないほど。今Wikipediaで『クライブ・カッスラー』を調べたところ、本作品はリストに入っていないので、恐らく最新作だと思われますが、いわゆるNUMAの『ダーク・ピット』シリーズではなく、比較的新シリーズの(ワタクシは初めて読んだ)、やはり海洋物のスーパー工作船ともいうべきオレゴン号とそのカブリーヨ船長とその部下達は、ダーク・ピットのシリーズのキャラクター達を若返らせ、更に攻撃的に強化した印象。あまりに強すぎてこうなると海洋物というよりは軍事物のような感じもしますが軍隊ではなく私企業というのが一風変わった味付けになっています。ご都合主義に成り下がってしまったダーク・ピットシリーズをもはや割り切ったのか開き直ってその方向に推し進めたエンターテインメント性の強い作品、と言えなくもないような気が。それは共著者として名を連ねているジャック・ダブラル氏の手腕によるものなのか、それともそういった方向性の作家を味方に選んだのかは、ジャック・ダブラル氏の作品を読んだ記憶がないので良く判りませんが。
レイン・フォール/雨の牙 (ハヤカワ文庫)

レイン・フォール/雨の牙 (ハヤカワ文庫)

 日本を舞台にしていますが、海外の作家が描いた日系アメリカ人の暗殺者を主人公に据えた異色のハードボイルド・サスペンス。さすがに日本を舞台にしているだけに、白人が大っぴらに活躍(暗殺だから暗躍か・苦)してはおかしなことになりますからね。それにしてもベトナム戦争帰りで、柔道(柔術)に精通という主人公はひたすら強すぎることもなく、人間臭い面もあり今回ご紹介する本の中でも非常に気に入りました。
 また以前ににこけんのM代さんとMKさんと共に映画を見に行った時に映画の予告編でこれが流れていて、非常に面白そうだと思っていたので、原作で先に読めたのはとても良かった。 上の『レイン・フォール』の続編。前回の黒幕は巨大な政治権力の暗部を握る人物でそう易々とは倒せないので引き続きというか、前回の逆襲を企ててきたのでそれとの対決を描く作品。
 前回でのヒロイン役は、主人公ジョン・レインの死という偽装の結末を事実として受け容れることが出来なくて、ついに再会を果たすのですが、遂には別れることを受容する。しかしジョンは任務の途中で巡り会った新たなロマンスを孕む関係の女性と出会うのですが、前作でのヒットを受けて気を良くしたのか続編を匂わす記述も見受けられます。きっと作者の頭の中で次のストーリーを思い描きながら書き進めていたのでしょう。

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

 夏のバイクでの旅に持って行った思い出深い一冊。もう精神分裂症と診断された患者で元兵士たちが収容されていた施設から、ふとした事件から脱出劇を繰り広げるというストーリーですが、もう最初からストーリー展開がヒッチャカメッチャカで混沌としていて、読むのが辛かったのですけれど後半はようやくそのペースが慣れて来たせいなのか楽しむことが出来ました。かといってこれが傑作だとは素直に認める気にはなれませんが。チョッと変わった毛色の作品を、と求める向きに。
ブルー・ローズ〈上〉 (中公文庫)

ブルー・ローズ〈上〉 (中公文庫)

ブルー・ローズ〈下〉 (中公文庫)

ブルー・ローズ〈下〉 (中公文庫)

 馳星周氏の作品はかの『不夜城』以来久し振りのこと。『不夜城』もストレートかつ若さゆえの衝動的な暴力描写も含めて西村寿行氏の作品をイメージさせますが、今回の作品では警察の暗部と権力闘争、公安との対立(主人公は元警察官)、様々な人々の欲望のぶつかり合いと抱える精神的コンプレックス等などを交えて描き出します。
 最後の方は次第にエスカレートする主人公の暴力的な衝動は抑えきれなくなり、意外と言えば意外なラストなのですが、最後は力尽きてかなり端折った印象を抱きました。物語が過度に偏り過ぎてバランスの取れなくなった自転車のように、描くのが困難になったのかなと思います。それにしても同じ警察や暴力シーンの描き方でも上記のアメリカ人のバリー・アイスラー氏と日本人の馳星周氏ではまるっきり違うのが興味深かったです。どちらも面白い小説ですが似たようなジャンルながら、重なり合うことのないベクトルの描き方です。 渡辺裕之氏という作家の名前を聞いて、え、あの俳優の?と思ったのは事実。しかしながら同姓同名の別人だそうで。
 一言で言うと海外小説のこうした軍物・作戦物が大好きな人が自分でも書いてみようと挑戦した、という感じでフワフワしていて現実感に乏しい描写が目に付きます。ワタクシ自身戦闘はもちろん経験はないのですが、どこかで読んだ知識を詰め込んだような描写を読むと、かつて読んだグリーンベレー経験者の体験談・ルポあたりの焼き直しのような錯覚に陥りました。
 ということで、今回これは、と広くおススメできるのは『レイン・フォール』『ハード・レイン』『奪回指令』あたりでしょうか。